「究極の愛」とは。

 

 

先日、ご質問をいただきました。

ご質問の内容をそのまま抜粋します。

 

司さんの愛の定義を教えてください。(家族愛・人類愛・地球愛・宇宙愛などではなく「男が女を愛する時」です)

司さんにとって「愛する」とはどういう心境になることですか?
司さんが愛する時、どのような行動に出ますか?
司さんにとって「究極の愛」とは?

 

自分なりに回答したいと思います。

ご質問いただいた内容は非常に回答が難しく、哲学の域だと印象を受けました。

もし、回答になってなかったらすみません(汗)

 

 

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「恋」とは、漢字で書いたときに「心」を下に書きます。

下心ですね。

T.M.Revolutionの蒼い霹靂という歌の中の歌詞に似たようなことが出てたのを覚えています。

 

何かを企んでいるのが恋です。

対象の相手とあれしたい、これしたいと思うのは当然です。

恋とは見返りを求めるものだと私も思っています。

 

一方的な恋でも、相手に見向きされたいからアピールするし、両想いの恋でも自分を基準に考えて行動するのが恋かもしれません。

 

振り返ってみれば、俺は嫁と一緒になりたいと思ったとき、自分の幸せを優先させていました。

「この人と一緒におると俺は幸せになれる」と思い、猛アタックしました。

この考えだと、このときはまだ恋だったんですね。

 

 

「愛」は、漢字で書くと「心」を受けると書きます。

ここの「心」は相手のことですね。

相手の心を受けとめる。そして真ん中に抱え込む。

恋とは違い、相手が中心になっています。

相手のことを想い、何かしたいと思うのが「愛」なんだろうと思います。

 

「愛してる」と、俺は嫁によく言います。

心を受けるという意味を考えると、俺は嫁に「大好きな気持ち」を伝えてるだけではないのかもしれない。

「あなたを受け止めますよ」という意思表示も同時にしているんやと思います。

 

「大丈夫。受け止めるからね。」と。

あぁ、だからか。

嫁に「愛してる」と言われると心から安心するのは。

 

 

 

お互いが心から安心できる状態なら、お互いが愛し合ってる状態になっているということですね。

自分のことよりも、相手のことを優先して考えて行動する。

 

俺は今、自分の幸せよりも嫁の幸せを考えている。

まさに今、嫁を愛しているということですね。

 

 

愛する人と一緒にいるときは、本当に何もいらない。

気を使わなくていいし、しゃべらなくても別にいい。

ただ、手をつないでるだけでもいいし、頭を肩に乗せて座ってるだけでもいい。

 

触れてるだけで、体温以外の「ぬくもり」があるんです。

それがまた心地いいぬくもり。

嫁の手からは特別な何かが出ているのかもしれません。

嫁にも「司の手は不思議な力がある」と言われたことがあるので、嫁だけじゃないんですよね。

 

 

最後に、「究極の愛」についてはわかりません。

嫁とは一緒になってから、今までずっと大好きな気持ちが強く深くなっています。

昨日よりも今日。そしてきっと、今日よりも明日と、俺は嫁をもっと好きになっていく。

ということで、嫁との愛をまだ極めていないので、奥がわかりません。

果てしないことが究極なのかもしれませんね。

 


 

 

「恋」と「愛」の漢字で表現することはよくあることかもしれませんが、俺の考えることを書きました。

これと言った答えがないのは恋愛の奥深さでもあると思います。

 

 

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